お示し―4つ目の質問と神人の回答

これまでお示しにおける私からの質問と神人さんからの回答を3つ見てきました。

参考1:お示し当日のこと―1つ目の質問と神人の回答

参考2:お示し―2つ目の質問と神人の回答

参考3:お示し―3つ目の質問と神人の回答

質問が多いと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これらの質問はすべて『YESかNO』で答えられる質問になっていますので、15分間のお示しの時間に対して質問の数が多いということはありません。

では、4つ目の質問について見ていきたいと思います。

神人さんに提出した質問用紙に書かれていた4つ目の質問は以下のようなものです。

Y-③.私の魂の由来と属性についてのこれまでの回答も真実ですか

『Y-③』とありますが、『Y-①』の前に一つ質問がありましたので、この質問が4つ目ということは間違いではありません。

質問項目のすべてをご覧になりたい場合は、参考1:お示し当日のこと―1つ目の質問と神人の回答 をご参照ください。

このY-③の質問に対する神人さんからの回答は

「魂の由来はみんな他星、みんなそう」

という一言のみの、投げやりな回答でした。

YESかNOかで回答されていない

これまでの回答でも見てきましたが、これまでの回答はすべてYESかNOかで回答できるような質問の仕方をしています。

この質問でも、私の指導霊と交信ができていたならば、YESかNOかで回答することができたのではないでしょうか。

前回までの内容と重複しますが、再びここで違和感を覚える点をまとめると

  1. YESかNOかで答えられるのにそのように回答していない
  2. 適切な回答の仕方であるYESかNOでの回答をしないならば、指導霊は質問内容とは関係なくメッセージを伝えてきていると考えられるので、質問項目を予め紙に書いて提出させる必要はないのではないでしょうか
  3. 来談者が、指導霊から見て来談者の霊性進化や人生において重要ではない質問をして来るかもしれないなどのリスクを冒してまで、質問内容を予め来談者に書かせてくる必要があるのでしょうか
  4. かつて(2010年10月)は質問用紙が無くてもお示し(霊伝)ができたのに、なぜ現在(2018年4月)はお示しの際に質問用紙の提出が必要なのでしょうか

ということになります。

4つ目の2010年10月の話は以下のサイトで質問用紙も個人情報も知らない状態で、神人さんが守護霊からのメッセージを伝えてくれたという体験談が記載されています。

参考4:天井のシンフォニー政策委員会 again|似て非なるもの/神人(かみひと)さんについて、

ですから、本来であれば来談者が質問用紙を持ってくる必要はなかったのです。

しかし、現在はそれを要求しています。私が質問用紙を自分から出す前に、神人さん自ら質問用紙を提示することを求めるくらいです。それも、私からの挨拶を無視してまで。

参考1:お示し当日のこと―1つ目の質問と神人の回答

それほど質問用紙を提示してもらうことを現在の神人さんは必要としているのかもしれません。

この質問を私がした経緯

私がこの質問をしたのは、ペンデュラムで得た回答の中に、私の前世は地球以外の特定のある星(名称はここでは記載しません)で生きていたということと、地球に転生してきた目的についての回答があり、それが真実かどうかを確かめるためでした。

地球に転生してきた目的については、Y-②の質問で触れていましたので、このY-③の質問では私の前世が地球以外の特定の星であったことについてのみの質問にしました。

この質問で、YESとの回答がお示しで得られれば、今生での魂の目的についてのペンデュラムでの回答も信憑性が高まると考えられます。

本来、自分の前世が何であろうと、またどこで生きていたのであろうと、今生でいかに生きるかということの方が大切なことです。

しかし、その大切な魂の目的についてのペンデュラムでの回答が、信頼できるものかどうかを見極めるために、このY-③の質問も役に立つと考えたためにお示しでの質問項目に含めたのでした。

指導霊も私が「魂の由来」と表現した言葉の意味は理解しているはず

神人さんは「私の魂の由来は」という質問に対して「みんな他星」と回答しました。

「魂の由来」という言葉が「前世」を指すと考えることは難しいことでしょうか。

しかし、私は事前にこの質問を質問用紙に記載する前に、私の「魂の由来」がペンデュラムで示されたような、地球以外のある特定の星であるということについて、何度もペンデュラムで確認をしてから質問項目を作成したので、指導霊も「魂の由来」が何を指すのか知っているはずです。

さらに、個人セッションという状況の中で、「私の魂の由来」という聞き方をしているのに、それに対して「みんな他星、みんなそう」という回答の仕方があり得るでしょうか。

ですので、神人さんが回答したような「魂の由来はみんな他星、みんなそう」という回答は、私の指導霊と交信できていたのならあり得ない回答ではないかと考えられます。

他星ならばどこなのか。人によってさまざまな星から地球に転生してきているのでしょう。私も地球以外のある星の名称をペンデュラムによって伝えられています。

そのペンデュラムによる回答が正しいのかどうか、お示しでは確認しているのです。

それにもかかわらず、神人さんは「みんな」という言葉で、過剰に一般化して回答をされているのです。

例えば「彼の出身地はどこでしょうか」という質問に対して「人間の出身地はみんな地球です」と回答するのに等しいくらい、神人さんの回答は一般化されすぎていて的を射ていません。

このような回答を私の指導霊と交信できている人がするでしょうか。

そして、私の指導霊が「みんな」の魂の由来について私に伝える必要があるでしょうか。

回答の内容を一般化することで、的の中心からは遠ざかりますが、回答できないという状況は切り抜けることができます。

これは神人さんが講演会の最後の質疑応答の場面でもよく用いている手法です。

神人さんの回答をよく聞いていると、質問に対して当たらずも遠からずな回答をすることが良くあります。

その手法が、今回のお示しにおいては、あまりに雑だったと言えるのかもしれません。

  1. 私が「特定のある星」を前世にもっているというペンデュラムの回答を得ていることは指導霊も知っているはず
    それを踏まえての「私の魂の由来は…」という質問に対して「みんな他星」というメッセージを私の指導霊がするとは思えません
  2. 上記前提がなかったとしても個人セッションの場で「私の魂の由来」についての質問に対して「みんな」に当てはまるような過剰な一般化をした回答は的を射ていない
  3. 私の魂の由来がどこの星であったのか、神人さんは指導霊から情報を得ることができなかったので、「みんな」という過剰に一般化された表現に置き換えることで、その場を乗り切ろうとしたのでしょうか

神人の投げやりな回答について

Y-②の回答の時もそうでしたが、ここでも神人さんの回答は投げやりなものに感じられました。

まず、私の質問に適切に答えていない、ということが第一に言えます。

この様な回答の仕方には神人さんのエゴの強さが良く顕れているといえるでしょうか。

それとも、相手への思いやりや真摯な態度が表れていると言えるでしょうか。

もし、真摯に私のような質問に対して答えるとすれば

「〇〇さん個人の魂の由来については指導霊は何も言ってきていません。ただ、地球上の人間すべてが魂の由来は他星であると伝えてきています。」

といったようになるでしょうか。

しかし、お分かりのようにこのような回答は私の人生にとって全く無意味です。

私にとってこのような無意味な情報を私の指導霊が貴重なお示しの機会を使って伝えてくるでしょうか。

賢明な指導霊であるならば、私にとって重要でない無意味な質問にわざわざ答えるようなことはしないのではないでしょうか。

であるならば「回答なし」の方がよっぽど適切な態度であると思われます。

物質から自由になりより広く高い視点から物事を考えられる指導霊からみれば、物質世界で狭い視野に立って生きている我々人間は、とかく無意味で重要ではないことについて思い煩い、見当違いな考えを持ち、それらについて質問をしていることでしょう。

そのような事柄に答えることは、人間本人にも指導霊にとっても望ましいことではないでしょう。

ところで、今後お示しに申し込む方は、私が受けたような応対をされる可能性があることを予め知っているならば、心づもりができて良いかもしれません。そうすれば、ショックを受けたり傷ついたりする可能性が低くなると思います。

また、すでにお示しを受けていて私と同様に投げやりな回答を受け取った方にとっては、このような経験をしたのは自分だけではないんだと知ることで、不快な気持ちが和らぐかもしれません。

また、神人さんの講演会やお示しでの態度について疑問を抱いている方にとっても、よりよく神人さんについて理解しようとするきっかけになるかもしれません。

そのような方にとってこの記事がお役に立つのであれば幸いです。