お示し―3つ目の質問と神人の回答

前回の記事までに1つ目の質問と2つ目の質問について見てきました。

参考1:お示し当日のこと―1つ目の質問と神人の回答

参考2:お示し―2つ目の質問と神人の回答

3つ目の質問は次のようなものです

Y-②.私の魂の目的は瞑想と祈り、絵を描くことを通して社会に奉仕することであるという回答結果は真実でしょうか

『Y-②』となっていますが、『Y-①』の前に質問があったので、この質問が3つ目の質問であるというのは間違いではありません。

この質問に対する神人さんの回答は

「瞑想はやりたければやればいい」

ということと、途中で私からの質問を挟んだ後に

「魂の目的は、伝えていくこと(あるいは『発信すること』)…」

というものでした。

「瞑想はやりたければやればいい」という投げやりな回答について

神人さんの回答は「瞑想はやりたければやればいい」というような、投げやりな回答でした。

そもそも、指導霊と交信しているかどうか以前に、他人から相談を受ける者として、このような応対は適切なものでしょうか。

もし、私が誰か他人から相談を持ち掛けられたとしたら、たとえそれがお金を頂いて行う相談業務でなかったとしても「〇〇はやりたければやればいい」などというような、ぞんざいで失礼な態度と受け取られかねない応対はとてもできません。

まして、お金を払って相談をしに来ている誰かに対して、皆様はこのような応対ができるでしょうか?

おそらく相手への配慮を忘れず、礼儀正しく誠実でありたいという方は、なかなかこのような態度を取ることはできないのではないでしょうか。

できるとしたら、そのときの皆様の心の働きはどのようなものでしょうか。

おそらく、横柄さ、傲慢さ、思い上がり、相手への見下し、相手への興味の無さ、質問内容への無関心さなど、相談を受ける者として相応しくない心の状態なのではないでしょうか。

  1. 「瞑想はやりたければやればいい」などという投げやりな応対は相談を受ける者として適切な応対でしょうか

また、私は瞑想を通して以前とは比べ物にならないほどポジティブな変化を経験しました。

そして、エゴの声を小さくし、自分自身の守護霊やハイヤーセルフ・真我との繋がりを強くするためにも瞑想は役に立つものです。

それゆえに、霊性の向上においても有効であると言われています。

このように

  1. 霊性の向上において有効な瞑想に対して、私の指導霊が「やりたければやればいい」などという投げやりなことを言うとは考えにくい

と思われます。

仮にこのメッセージが真に私の指導霊からのもので、神人さんがそれを翻訳するときに神人さんのフィルターを通すことでこのような表現に歪められてしまったのだとしたら、元のメッセージはどんなものだったでしょうか。

  1. 瞑想は私にとっては重要ではないので、やってもやらなくても構わない
  2. 瞑想は重要だが、やるのかやらないのかは、自分の自由意思に基づいて判断すればいい
  3. 瞑想は重要でも重要でないことでもないが、それをするかどうかは自分で判断すればいい

神人さんの発言の投げやりなニュアンスを取り除いて、中立的なメッセージに置き換えるとこのように解釈できるかもしれません。

また、以前の記事で見てきたように、講演会において神人さんは他人に対する配慮の無さや馬鹿にした態度が多く見受けられました。

これらのことから、お示しでの神人さんの発言は、神人さんの個人的な条件によって歪められていたと考えるのが自然であろうと思われます。

逆に、神人さんがありのままの私の指導霊からのメッセージとして「瞑想はやりたければやればいい」というメッセージを伝えてきていたのだとすれば、私の指導霊は私を突き放す意図があったのかもしれません。

それでは、なぜ指導霊は私を突き放す必要があったのでしょうか。

私は特に指導霊に依存しているわけではなく、ペンデュラムで日頃問いかけている相手は高次元の自分自身であるハイヤーセルフ・真我です。

ですから、私は指導霊に突き放される必要があるほど指導霊に対して依存しているわけではありません。

この様に考えると、私を突き放すために神人さんが言ったようなぞんざいで失礼と受け取られかねないような表現をする必要は私の指導霊にはないと思われます。

これからお示しに申し込もうかと考えていらっしゃる方においては、神人さんからこのような応対をされる可能性があると予め認識しておくと、余計な傷つきや不快な思いをせずに済むかもしれません。

また、すでにお示しを受けたことがあり、私と同様に上記のような態度を取られた経験のある方にとっては、このような態度を取られたのは自分だけではないのだということを知ることで、少しでも気持ちが晴れる部分があるかもしれません。

YESかNOかで回答できるのにそのように回答されていない

この質問も「…真実でしょうか」と問いかけており、神人さんはYESかNOかでの回答を求められているにもかかわらず、そのように回答していませんでした。

この点に関する詳しい内容は、前回の記事に記載されていますので、そちらをご覧頂けたらと思います。

前回の記事:お示し―2つ目の質問と神人の回答

要点のみを記載すると以下のようになります。

  1. YESかNOかで答えられるのにそのように回答していない
  2. 適切な回答の仕方であるYESかNOでの回答をしないならば、指導霊は質問内容とは関係なくメッセージを伝えてきていると考えられるので、質問項目を予め紙に書いて提出させる必要はないのではないか
  3. 来談者が、指導霊から見て来談者の霊性進化や人生において重要ではない質問をして来るかもしれないなどのリスクを冒してまで、質問内容を予め来談者に書かせてくる必要があるのだろうか
  4. かつて(2010年10月)は質問用紙が無くてもお示し(霊伝)ができたのに、なぜ現在(2018年4月)はお示しの際に質問用紙の提出が必要なのか

途中で私からお示しについて質問したことについて

神人さんの回答があまりにも的外れであり、強い違和感を覚えていたので、私は次のような質問をしました。

「私はお示しというのは、神人さんが私の指導霊と交信をして、そのメッセージを私に伝えて下さるものだと思っていたのですが、そうではないのですね?」

これに対して神人さんは

「してます、してます。最初にしてます。それを噛み砕いてお伝えしているのです。『お示し』以外にも『お移り』とか『〇〇(失念しました)』というのもあるのをご存じですか?」

と、逆に私に対して質問をし返してきました。

このように私からの質問に対して、逆に質問をし返してくるのは、たった15分のお示しの中でも2回目です。

1回目は1つ目の質問項目の際に、神人さんは質問用紙に書かれた私からの質問に答えず、逆に私に対して質問をし返してきました。

参考:お示し当日のこと―1つ目の質問と神人の回答

ここで神人さんが「最初にしてます」と言ったは、お示しが始まるときに私が目を閉じて深呼吸をしていた数十秒間のことを指しているのだと思われます。

その時に私の指導霊と交信をし、メッセージを受け取っており、それを噛み砕いて伝えていると言いたいのでしょう。

ここで『噛み砕いて』と言っているので『指導霊からの言葉をありのまま』伝えているのではないということが分かります。

つまり、先ほど少し触れましたが、『神人さんがありのままの私の指導霊からのメッセージとして「瞑想はやりたければやればいい」というメッセージを伝えてきていたのだとすれば、私の指導霊は私を突き放す意図があったのかもしれません。』という仮説は、この理由からも成り立たないことになります。

ところで『お移り』というものがあるということや、それがどういった内容なのかは、私が受けているお示しの場面では全く関係のないことです。

全く関係のないことではありますが、私は『お移り』のことは知りませんでしたので正直に

「知りません」

と答えました。

すると、神人さんは『お移り』がどのようなものか説明を始めました。

それは、ご自身の身体に霊体を乗り移らせて(憑依させて)、その霊体が神人さんの口を借りてメッセージを伝えるのだそうです。

そして、神人さんはそういうこともする場合があるのだそうです。

しかし、このような説明をすることは私のお示しの時には必要のないことであり、非常に不自然です。

なぜ神人さんはこのような不自然な行動をとったのでしょうか。

まず1つ考えられるのは「『お移り』というのもあるのをご存じですか?」と質問をしてきたのは、私が知らないだろうと思われる質問をして、自分が優位に立とうとしたためかもしれません。

自分が知っていることで、相手に「知らない」と言わせられる質問をすることは、自分を心理的に優位な立場に置くことができます。

しかし、優位に立とうという心理が働くためには、それ以前に自分を劣勢に感じたり、何らかの不安を抱いている必要があります。

私は神人さんがこのような不自然な質問を私にしてくる直前に、お示しについて、『私の指導霊からのメッセージを伝えているのではないのではないか』という疑問をぶつけました。

そのことによって神人さんは自身が劣勢に立たされたか不安に感じたのではないでしょうか。

そうならば、なぜ不自然で不必要な質問を私にしなければならないほど、神人さんは劣勢に立たされたり不安を感じたりてしまったのでしょうか。

それは、神人さんが私の指導霊と交信しているという嘘について指摘をされたと感じたからかもしれません。

それゆえに、神人さんは自身が劣勢に立たされたり不安を感じたりして、それを挽回するために不自然で不必要な、尚且つ神人さんが優位に立てそうな質問をし返してきたのかもしれません。

次に2つ目に考えられることは、私がお示しについて疑問を呈したことに対して、神人さんが不快に感じたために、私に対して反撃をしようとして、このような質問をし返してきたのかもしれないということ。

さらに3つ目に考えられる可能性としては、『お移り』などの私のお示しとは関係のない事柄についての話題に変えることで、私がお示しのために用意した質問に対して、神人さんが答えなくてよいように時間稼ぎをしたのかもしれないということです。

あるいは4つ目の他の理由があったのかもしれません。

しかし、どの理由であろうと、それが真実であると言い切れる根拠はありません。

これは神人さんの微妙な心理作用の領域ですので、真実を知ることができるのは神人さんが自分の心の働きを偽りなく具に観察をしたときの、神人さん本人だけです。

  1. お示しについての私からの質問に対して神人さんが答えた後、逆に神人さんから私に対して不自然で不必要な質問をし返してきた理由は、私の質問によって、神人さんが心理的に劣勢に立たされたり不安を感じたりしていたために、それを回復しようとして行われた可能性がある
  2. そして、そのような心理的に劣勢であったり不安であったりという状態に神人さんが陥った理由は、お示しにおいて嘘があったからということかもしれない
  3. ただし、他の可能性として、不快感からくる反撃の意味で質問をし返したであるとか、私からの『お示し』のために用意した質問に答える時間が少なくて済むようにするための時間稼ぎのためであるとか、あるいは他の理由などが存在した可能性がある

このように見ると、1つ目の質問の時に、私にとっては不必要であるペンデュラムについての基本的な情報について神人さんが解説をしたという部分も、時間稼ぎのためだったという可能性も考えられます。

魂の目的は「伝えていくこと(あるいは「発信すること」)…」ということについて

「伝えていくこと(あるいは「発信すること」)…」という表現はとても抽象的で、いかようにでも解釈することができます。

例えば、家族や友人と話をすることも、こうしてブログを書くことも、Twitterでメッセージを不特定多数の人に向けて送信することも、伝えることであり、また発信することです。

絵や歌、音楽、ダンスや文学などの芸術表現も伝えることであり、もっと広く解釈をすれば生きることそのものが誰かへメッセージを伝えること、発信であると言えるかもしれません。

このように「伝えていくこと(あるいは『発信すること』)…」という一言のみの言葉は、抽象的すぎる上に短すぎるために、十分にその意図を推し量ることが困難です。

困難ですが、一般的な解釈をするならば、自分が持っている情報や考え、思いなどを、自分の内側だけに留めておかないで、他者に伝えていくことが大切であるということになるかもしれません。

もし、伝えていくことが本当に魂の目的ならば、このようなブログで自分自身が経験し感じた違和感というものを広く伝え、皆様に認知して頂くことも大切なことであろうと思います。

この様なブログが皆様のお役に立てるものであれば幸いです。

祈りと絵を描くことについては言及無し

もう一度ここでの質問を確認しますが、ここでの質問は

Y-②.私の魂の目的は瞑想と祈り、絵を描くことを通して社会に奉仕することであるという回答結果は真実でしょうか

というものです。

これに対して神人さんは、

「瞑想はやりたければやればいい」
「魂の目的は、伝えていくこと(あるいは『発信すること』)…」

と回答をしました。

祈りと絵については一切言及がありませんでした。

ありませんでしたが、その理由は「魂の目的は、伝えていくこと(あるいは『発信すること』)…」という言葉ですべてを言い表したつもりなのかもしれません。

しかし、この一言では私は十分なメッセージではないと感じています。

  1. 「魂の目的は、伝えていくこと(あるいは『発信すること』)…」という言葉は抽象的過ぎるために、どのようにでも解釈が可能であり、また短い一言のみのためその意味するところを推し量るのにも困難があり、メッセージの意図を理解するには十分なメッセージとは言えない

まとめ

3つ目の質問項目に対する神人さんからの回答についての違和感をまとめると以下のようになります。

  1. 「瞑想はやりたければやればいい」などという投げやりな応対は相談を受ける者として適切な応対でしょうか
  2. 霊性の向上において有効な瞑想に対して、私の指導霊が「やりたければやればいい」などという投げやりなことを言うとは考えにくい
  3. YESかNOかで答えられるのにそのように回答していない
  4. 適切な回答の仕方であるYESかNOでの回答をしないならば、指導霊は質問内容とは関係なくメッセージを伝えてきていると考えられるので、質問項目を予め紙に書いて提出させる必要はないのではないか
  5. 来談者が、指導霊から見て来談者の霊性進化や人生において重要ではない質問をして来るかもしれないなどのリスクを冒してまで、質問内容を予め来談者に書かせてくる必要があるのだろうか
  6. かつて(2010年10月)は質問用紙が無くてもお示し(霊伝)ができたのに、なぜ現在(2018年4月)はお示しの際に質問用紙の提出が必要なのか
  7. お示しについての私からの質問に対して神人さんが答えた後、逆に神人さんから私に対して不自然で不必要な質問をし返してきた理由は、私の質問によって、神人さんが心理的に劣勢に立たされたり不安を感じたりしていたために、それを回復しようとして行われた可能性がある
  8. そして、そのような心理的に劣勢であったり不安であったりという状態に神人さんが陥った理由は、お示しにおいて嘘があったからということかもしれない
  9. ただし、他の可能性として、不快感からくる反撃の意味で質問をし返したであるとか、私からの『お示し』のために用意した質問に答える時間が少なくて済むようにするための時間稼ぎのためであるとか、あるいは他の理由などが存在した可能性がある
  10. 「魂の目的は、伝えていくこと(あるいは『発信すること』)…」という言葉は抽象的過ぎるために、どのようにでも解釈が可能であり、また短い一言のみのためその意味するところを推し量るのにも困難があり、メッセージの意図を理解するには十分なメッセージとは言えない

皆様はどのようにお感じになるでしょうか。