お示し―2つ目の質問と神人の回答

2018年7月3日:語尾の表現を修整

前回の記事で書いた1つ目の質問に対する神人さんの回答は、私が質問していることに答えておらず、私が知りたかったこと、つまりペンデュラムでの交信が『真にハイヤーセルフ・真我と交信できているかどうか』ということは分かりませんでした。

前回の記事:お示し当日のこと―1つ目の質問と神人の回答

そして、適切な回答の無いまま2つ目の質問へと進んでいきました。

2つ目の質問は

Y-①.一切の収入を得ることは私にとって有害であり、すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行うことを勧めるという交信結果は真実でしょうか

Y-①-1.またそれで生きて行けますか

というものです。

これに対する神人さんの回答は

「収入は何らかの方法で得る必要がありますから。でないと生活できませんからね。」

という投げやりな一言のみでした。

また「純粋な愛と奉仕の精神」については一切言及がありませんでした。

神人の回答ついての考察

投げやりな言い方について

これまでの記事にも書きましたが、神人さんの講演会での他人に対する配慮の無い言動を知っているので、このような言い方をされてもさほど驚くに値しませんでした。

この神人さんの言い方を、相手に対する配慮のある誠実な言い方に直すとすると

  • 『人が生活をしていくためには、何らかの方法で収入を得る必要があります。』
  • 『生きていくためには、何らかの方法で収入を得ることが必要です。』
  • 『一切の収入が無ければ、生活は破綻してしまうでしょう。』

などになるでしょうか。

また、神人さんの回答には無かった、質問の後半部分に対する回答も含めるとすると

  • 『…純粋な愛と奉仕の精神で生きることは素晴らしいことですが、地上世界で肉体をもって生きている以上、物質的な生活を蔑ろにすることがあってはなりません。』
  • 『…理想としては純粋な愛と奉仕の精神に則って行動することが望ましいですが、肉体を持った人間であることを忘れてはいけません。』
  • 『肉体を持った人間としての生活を成り立たせた上で、できうる限り愛と奉仕の精神に則って生きることが大切です。』

などのようになるでしょうか。

ここでは、神人さんの回答が否定的な方向性だったので、それに沿うように否定的な回答をする場合の例を考えてみました。

丁寧に、誠実な対応をしようと思えば、上記のような回答に似た表現になるのではないでしょうか。

神人さんが回答したような

『収入は何らかの方法で得る必要がありますから。でないと生活できませんからね。』

などという人を小馬鹿にしたような表現は、なかなか誠実な方や他者へ配慮のある方はできないと思いますが、皆様はどのようにお感じになるでしょうか。

ただ、活字で実際の言い方のニュアンスを伝えるのは無理があります。

無理がありますが、例えば、最大限に相手を見下して馬鹿にしたときにするような言い方を10として、最大限に相手を尊重して配慮した言い方を1とすると、この時の神人さんの言い方は6か7くらいに私には感じられました。

感じ方に個人差はあるでしょうが、このような言い方が気になる方はお示しに申し込む前に知っておいて損はないと思います。

また、「自分だけがこんな言われ方をしたのだろうか。」と不安に思われる方がいたら、あなただけではないということを理解するためにこの記事が役に立つかもしれません。

ところで、愛に基づいて人間をサポートしている指導霊などの進化した存在が、このような物言いをするのだろうかという点も疑問です。

神人さんがメッセージを仲介し、翻訳して伝えているという可能性もあるので、真に私の指導霊からメッセージを受け取っていても、その純粋な愛のメッセージが神人さんというフィルターを通すことで歪められたということもあるのかもしれません。

ここで言いたいことは

  1. 愛に基づいて人間を支援している指導霊のメッセージが、神人さんが言ったような、投げやりで人を小馬鹿にしたような表現になるでしょうか

ということになります。

質問に対してYESかNOかで適切に答えていない

この質問でもやはり、1つ目の質問と同様に、YESかNOかで回答できるにもかかわらず、そのようには回答されていませんでした。

私の指導霊からの応答があったのならば、YESかNOかで答えられたのではないでしょうか。

それとも、YESかNOかで答えられないような回答が、私の指導霊から伝えられたのでしょうか。

それならば、指導霊は私の質問内容に関係なく、指導霊自身が私に伝えたいことを伝えて来ていると言えるので、そもそも質問用紙を予め用意する必要など無かったのではないでしょうか。

来談者の質問など予め書いて来てもらわずに、指導霊が伝えたいことを伝えればそれでよいのではないでしょうか。

それにもかかわらず、なぜ神人さんは来談者に質問事項を書いてくるように求めているのでしょう。

その上、なぜ質問事項に適切に回答しないのでしょうか。

それは、何を意味しているのでしょうか。

ひょっとすると、神人さんが自分の考えを述べているだけなので、予め質問項目が無いと話す内容を決めることができず、お示しができないのでしょうか。

それとも、質問があることで指導霊のメッセージを伝えやすくなるのでしょうか。

しかし、そうなると、指導霊からしてみれば来談者が本人の霊性進化や人生において、重要ではない見当違いな質問をしてくるかもしれないということや、そのためにお示しの機会を有効に、十分に活かすことが困難になる可能性があるなどの不都合があります。

そのような不都合を考慮してもなお、お示しのためには質問事項を予め紙に書いてくる必要があるのでしょうか。

それと関連して、下記参考1、2に挙げたブログを見ますと、2010年10月16日に神人さんのお示し(ブログでは霊伝とある)を受けた方の場合は、質問事項など予め用意してくる必要はなく、また個人情報なども聞かれなかったそうです。

では、なぜ今は質問事項を予め質問用紙に記入をし、職業などの細かな個人情報を書き、それを神人さんに見せる必要があるのでしょうか。

質問項目が無いと答えることができなくなってしまったのでしょうか。

もしそうなら、来談者の指導霊(下記ブログでは守護霊とある)と交信をすることができなくなってしまったということでしょうか。

皆様はどのようにお考えになりますか。

(参考3のブログを見ますと「かつて行っていた霊伝(霊媒行為による個人セッション2008.1~2011.7)が始まったのが、仙台の青麻神社(2007.3.3)からでした。」とあり、かつては『霊伝』という名称で霊媒行為による活動をしていたことが分かります。)

参考1:天井のシンフォニー政策委員会 again|似て非なるもの/神人(かみひと)さんについて、

参考2:天上のシンフォニー制作委員会 again|守護霊さまが伝えてくれたこと

参考3:この世の仕組みと真実|神人霊媒日記 神と霊

※参考1、2で取り上げられている『神人』と、参考3および私がこのブログで取り上げている『神人』という人物が同一人物であるという明確な根拠はないですが、『神人』『霊伝』といった一般的でない名称や、『霊伝』と称していた時期が同じであること、霊伝という行為が指導霊(守護霊)からのメッセージを伝えるものであるなどの説明を見ると、同一人物であると推測されます。

  1. YESかNOかで答えられるのにそのように回答していない
  2. 適切な回答の仕方であるYESかNOでの回答をしないならば、指導霊は質問内容とは関係なくメッセージを伝えてきていると考えられるので、質問項目を予め紙に書いて提出させる必要はないのではないでしょうか
  3. 来談者が、指導霊から見て来談者の霊性進化や人生において重要ではない質問をして来るかもしれないなどのリスクを冒してまで、質問内容を予め来談者に書かせてくる必要があるのでしょうか
  4. かつて(2010年10月)は質問用紙が無くてもお示し(霊伝)ができたのに、なぜ現在(2018年4月)はお示しの際に質問用紙の提出が必要なのでしょうか

「一切の収入を得ることは私にとって有害」ということについて

「収入は何らかの方法で得る必要がありますから。でないと生活できませんからね。」という神人さんの回答はとても常識的な回答であると思います。

ですが、常識的であるが故に来談者の指導霊と交信できない一般の誰でもが言えることです。

たとえば私が「一切の収入を得ることは私にとって有害だとペンデュラムで示されたのだがどう思う?」と友人に相談をしたとします。

すると恐らく常識的な友人の全員が「じゃぁ、それでどうやって生活して行くの?」と疑問に思うでしょう。

さらに、一部の例外(主夫やホームレス、生活保護や相続金のある人、その他)を除いて『収入がないと生活できない』というのはおおよそ誰にでも当てはまる回答です。

一方で、私自身は現在自分の収入は一切なくても生活ができています。

このように『常識的で誰にでも言うことが可能で、またほとんど誰にでも当てはまり、さらに現在の私自身には当てはまらない回答』が本当に私の指導霊からのメッセージなのかどうか疑問が残ります。

また、神人さんの回答は常識的すぎるが故に、偏見と思い込みに満ち、可能性を狭め、決めつけ過ぎた回答であるように見受けられます。

なぜなら自分自身は収入を得なくても、先に挙げた一部の例外の人達のように、主夫やホームレス、生活保護、相続金、その他の方法で、自分自身では収入を得ずに生活することも可能だからです。

つまり、他の様々な可能性を無視して『収入がないと生活できない』と神人さんは言っているのです。

私の指導霊はそんなに視野が狭いのでしょうか…。

そんなに視野が狭く、世俗的な観念をしていて指導霊が務まるのでしょうか。

また、ホームレスについては『もしそれが私の魂の目的に沿うものであり、そうなることが私の魂にとって必要なことならば、ホームレスになることも厭わない』と私は覚悟をしていますし、そのように家族や親しい人にも話しており、指導霊も知っているはずです。

それなのに、ホームレスの可能性に言及せずに『収入がないと生活できない』というような当たり前のことを私の指導霊が言うでしょうか。

(誤解の無いように言い添えますが、現在受けている生活上の恩恵を無駄に放棄して、積極的にホームレスになろうというつもりはありませんし、特に目的も無く自ら進んでホームレスになったとしても、それが霊性進化に役立つとは思えません。)

仮にこの神人さんの回答が本当に私の指導霊からのメッセージであったとします。

であるならば、私の指導霊がこのメッセージに込めた意図とはなんでしょうか。

私の質問は「一切の収入を得ることは私にとって有害であり」といったような非常識な内容です。

一方、神人さんの回答は『収入がないと生活できない』という常識的な内容です。

この対比から、私の指導霊の意図するところは『ペンデュラムの回答に振り回されず、常識に則って自分で考え判断しなさい』ということかもしれません。

しかし、それならば、指導霊はその通りに『ペンデュラムの回答に振り回されず、常識に則って自分で考え判断しなさい』と神人さんを通して私へ伝えれば良いことになります。

そうしなかったのは何故でしょうか。

私が自分の力でその回答に辿り着くことを望んでいたからでしょうか。

しかし、もしそうならば、指導霊はやはり私の質問に対して、YESかNOの『NO』だけを回答した方が適切なメッセージとなったでしょう。

何故ならば、回答が『NO』だけであれば、何故『NO』なのか私が自分で考える必要が出てくるためです。

『一切の収入を得ることは私にとって有害』という非常識な内容に対して、何故『NO』なのか考えることは『常識に則って自分で考え判断しなさい』という趣旨に合致しますし、ペンデュラムと指導霊に対する私の依存を減らし、主体的に自らの人生を自分の責任において生きることを促せます。

その方が私の成長やより良く生きることを促すことになるでしょう。

つまり、『収入がないと生活できない』というメッセージを伝えるよりは、『NO』と一言だけ回答した方が、私のためになるのです。

しかし、神人さんの回答が真実ならば、私の指導霊は『NO』の一言ではなく『収入がないと生活できない』という言葉を伝えてきました。

このように、どのようなメッセージを伝えることが私のためになるか、私でも思いつくようなことを理解できないほどレベルの低い存在からのメッセージが、本当に私の指導霊からのメッセージでしょうか。

これらの点からも、神人さんの回答が本当に私の指導霊からのものであったのか疑問に思われます。

  1. 『常識的で誰にでも言うことが可能で、またほとんど誰にでも当てはまり、さらに現在の私自身には当てはまらない回答』が本当に私の指導霊からのメッセージなのかどうか疑問
  2. 自分自身は収入を得なくても、主夫やホームレス、生活保護、相続金、その他の方法で生活することも可能であるにもかかわらず、『収入がないと生活できない』というメッセージを伝えてくるほど、私の指導霊は視野が狭く世俗的な意識を持っているとしたら、それで私の指導霊が務まるでしょうか
  3. ホームレスになることも覚悟し、周囲の人に公言している私に対して、私の指導霊が『収入がないと生活できない』などという見当違いなことを、私に対して言うでしょうか
  4. 『収入がないと生活できない』というメッセージを伝えるよりは、『NO』と一言だけ回答した方が、私が主体的に自らの責任において人生を生きることに寄与し、私の成長やより良く生きることを促すことができる
    このように、どのようなメッセージを伝えることが私のためになるか、私でも思いつくようなことを理解できないほどレベルの低い存在からのメッセージが、本当に私の指導霊からのメッセージでしょうか

「すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行うことを勧める」ということについて

さらに私の2つ目の質問の後半部分『すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行うことを勧めるという交信結果は真実でしょうか』という点については、神人さんからの回答では一切触れられていませんでした。

このように、質問に対して半分しか回答しないことは、誠実な態度と言えるでしょうか。

このようなこともあるので、お示しを受けようと思われる方は予め知っておくと余計な失望を感じずに済むかもしれません。

ところで、どのようにしたらペンデュラムの交信結果が示したような清らかな精神状態へ近づくことができるのか、私は常々考えています。

そして、愛の性質に反するネガティブな思いが心の中に起こった時は、その思いに捕らわれたり、思いを持ち続けたりしないように、すぐに心からその思いを追い出すか、その思いの存在を認めてから手放すか、あるいは肯定的な思いへと変換するかして、ネガティブな性質を心に保持する時間をできるだけ短くするように努めています。

そして、世の中に、エゴではなく愛に基づいて生きることができる人が増えれば、もっと生きやすい、平和で調和した喜びの多い世界になると考えています。

もし、収入が得られるかどうかを心配せずに『純粋な愛と奉仕の精神に基づいて生きる』ということを、より多くの人が目指し、実践できる世の中になれば、大日月地神示が主張する『金の要らぬ世』もより実現に近づくでしょう。

しかし、神人さんの回答にあるように、もし『収入がないと生活できない』というのが私の指導霊からのメッセージであるならば、その指導霊は人間である私よりも現世的で世俗的な存在であり、エゴが多く愛が少ない、限定的な思考の持ち主と言わざるを得ません。

エゴが多く愛が少ないと考えられる根拠は、『収入がないと生活できない』という主張は『働いたら報酬をもらう』あるいは『報酬を得るために働く』という考えが前提にあり、その前提は『純粋な愛と奉仕の精神』とは相反するものだからです。

ですから『収入がないと生活できない』という趣旨の回答は、人間よりも霊的に進化しており、愛に基づいて人間を支援している指導霊からのメッセージとしては考えにくい内容ではないでしょうか。

あるいは、これが本当に指導霊からのメッセージであるとするならば、私はまだ『純粋な愛と奉仕の精神』に基づいて生きるレベルには達していないので、収入を得る必要がある、ということなのでしょうか。

もしそのような忠告が私に対して必要ならば、むしろ『地に足の着いた考え方をする必要がある』と伝えた方が、応用も効かせられるし、『金の要らぬ世』の実現と相反する言い方にもならず、私の成長にとっても役に立つ言い方だったことでしょう。

はたして、神人さんは指導霊からのメッセージを伝えているのか、自分の意見を伝えているのか、どちらが真実なのでしょうか。

  1. 質問に対して半分しか回答しないことは、誠実な態度と言えるでしょうか
  2. 指導霊のような人間を霊的に導く愛の存在が、『収入がないと生活できない』という『現世的で世俗的な、エゴが多く愛が少ない、限定的な思考に基づいてメッセージを伝えてくるでしょうか

大日月地神示と一致しない神人さんの意見と、今回のお示しとの関係

ところで、大日月地神示には『お金は必要なくなる』ということが再三にわたって主張されていますが、そのことについて神人さんが否定的な意見を持っていることは以前の記事で触れました。

参照:大日月地神示の内容と神人の意見は必ずしも一致しているわけではない:2018年1月14日・神奈川県相模原市講演会より

上の記事では神人さんがお金の無い世の中の実現について『今生では無理でしょうね』と発言したことに触れました。

そして私のお示しの時にも『収入がないと生活できない』ということを神人さんは発言しています。

『今生では無理でしょうね』という発言も『収入がないと生活できない』という発言も、両方とも『お金が今後も必要になる』という点で一致しています。

このように、講演会における神人さんのお金の要らない世の中の実現は『今生では無理でしょうね』という発言も、私のお示しの時の『収入がないと生活できない』という発言も、方向性が一致し、とても似ています。

これは何を意味するのでしょうか。

やはり、神人さんがお示しで私に告げた『収入がないと生活できない』というメッセージは私の指導霊からのものではなく、神人さん個人の意見を私に伝えたに過ぎないのでしょうか。

一方、私の質問にある「一切の収入を得ることは私にとって有害であり、すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行う」ということは、大日月地神示の『金の世、我良しの世、終わらせるのじゃぞ。末代うれしたのし、皆々喜ぶ世の仕組み、創り替えるのじゃぞ。』という方向と一致するものです。

(「私にとって有害」という表現について説明が必要かもしれませんが、ここでいう有害とは『私が労働などの報酬として金銭を得るということは、私の精神性に合わないことであり、そのように見返りを得ることは私の精神性を貶め、苦痛となるものである』というように解釈して下さって結構です。)

質問の内容をより穏やかで一般的な表現に置き換えるなら

『収入が得られるかどうかを心配せずに、純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行動することを勧める』

ということになります。

ところが、神人さんは『収入がないと生活できない』ということを私に告げました。

生活ができるかどうかを心配するよりも、『純粋な愛と奉仕の精神』で行動することを大切にするというのは、大変難しいことではありますが、できるだけそのような動機から行動することは『金の要らぬ世』の実現のためにも、人間の霊性の向上のためにも、とても大切なことであると思います。

また、もしそのような行動ができるならば、地上に愛を広めようとしている霊界の援助を得ることができ、自ずと生活の方も上手く行くように取り計らわれるのではないでしょうか。

なぜなら、人々が愛に基づいて生きることを霊界側は望んでおり、支援しようとしているということが、高質なチャネリングメッセージとして名高いシルバーバーチからのメッセージや大日月地神示などのメッセージから理解されるからです。

参考4:スピリチュアリズム普及会 第2公式サイト|スピリチュアリズム・ブックス

※上記サイトではシルバーバーチの霊訓を始め良質のチャネリングメッセージを読むことができます

また、神人さんが料理人の仕事を辞めて霊的真実を広めて行くことを決意するに至った過程で、指導霊から「収入はなんとかなる」という趣旨のメッセージを受け取ったと、2018年3月17日東京飯田橋の講演会で話していました。

さらに、愛に基づいて行動するという高い精神性は霊性の進化した霊的存在の波長とも調和しやすく、霊的存在達もサポートがしやすくなると考えられます。

このようなことを踏まえると、私が『純粋な愛と奉仕の精神』に則って生きるのは、私の指導霊も私にとって望ましい生き方であると考えている可能性があります。

しかし、そのような精神に則って生きる場合、労働から収入を得ることは、無償の奉仕とはならないので『純粋な愛と奉仕』の精神と相容れない行為であると言えます。

(もちろん現状では、収入がなくなった場合には大多数の人が大きな不安を抱き、混乱を来すでしょうが、完全にすべての人にそれが当てはまるわけではありません。)

このように考えると、大日月地神示の主張も、私の指導霊が私にとって望ましいと考えているのではないかと推論される奉仕の生き方も、ペンデュラムで得られた回答の『すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行うことを勧める』ということも、3者の方向性はほとんど一致します。

唯一方向性を異にするのは神人さんの『収入がないと生活できない』という主張です。

これは何を意味しているのでしょうか。

神人さんのこの言葉は、本当に私の指導霊からのメッセージだったのでしょうか。

  1. 講演会における神人さんの、お金の要らない世の中の実現は『今生では無理でしょうね』という発言も、私のお示しの時の『収入がないと生活できない』という発言も、方向性が一致し、とても似ているため、どちらも神人さんの個人的な意見であるという可能性が考えられる
  2. 神人さんの回答は、私が現在、自分の収入は一切なくても生活ができているという点と矛盾している
  3. 大日月地神示の主張も、私の指導霊が私にとって望ましいと考えているのではないかと推論される奉仕の生き方も、ペンデュラムで得られた回答の『すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行うことを勧める』ということも、3者の方向性はほとんど一致するが、神人さんの『収入がないと生活できない』という主張のみ方向性が異なる

この記事のまとめ

お示しで私が提出した質問用紙の2つ目の質問項目に対する神人さんの回答について考察してきました。

その内容をまとめると以下のようになります。

  1. 愛に基づいて人間を支援している指導霊のメッセージが、神人さんが言ったような、投げやりで人を小馬鹿にしたような表現になるでしょうか
  2. YESかNOかで答えられるのにそのように回答していない
  3. 適切な回答の仕方であるYESかNOでの回答をしないならば、指導霊は質問内容とは関係なくメッセージを伝えてきていると考えられるのだから、質問項目を予め紙に書いて提出させる必要はないのではないか
  4. 来談者が指導霊から見て来談者の霊性進化や人生において重要ではない質問をして来るなどのリスクを冒してまで、質問内容を予め来談者に書かせてくる目的はなんでしょうか
  5. かつて(2010年10月)は質問用紙が無くてもお示し(霊伝)ができたのに、なぜ現在(2018年4月)はお示しの際に質問用紙の提出が必要なのでしょうか
  6. 『常識的で誰にでも言うことが可能な、またほとんど誰にでも当てはまり、さらに現在の私自身には当てはまらない回答』が本当に私の指導霊からのメッセージなのでしょうか
  7. 自分自身は収入を得なくても、主夫やホームレス、生活保護、相続金、その他の方法で生活することも可能であるにもかかわらず、『収入がないと生活できない』というメッセージを伝えてくるほど、私の指導霊は視野が狭く世俗的な意識を持っているとしたら、それで私の指導霊が務まるでしょうか
  8. ホームレスになることも覚悟し、周囲の人間に公言している私に対して、私の指導霊が『収入がないと生活できない』などという見当違いなことを、私に対して言うでしょうか。
  9. 『収入がないと生活できない』というメッセージを伝えるよりは、『NO』と一言だけ回答した方が、私が主体的に自らの責任において人生を生きることに寄与し、私の成長やより良く生きることを促すことができる
    このように、どのようなメッセージを伝えることが私のためになるか、私でも思いつくようなことを理解できないほどレベルの低い存在からのメッセージが、本当に私の指導霊からのメッセージでしょうか
  10. 質問に対して半分しか回答しないことは、誠実な態度と言えるでしょうか
  11. 指導霊のような人間を霊的に導く愛の存在が、『収入がないと生活できない』という『現世的で世俗的な、エゴが多く愛が少ない、限定的な思考に基づいてメッセージを伝えてくるでしょうか
  12. 講演会における神人さんの、お金の要らない世の中の実現は『今生では無理でしょうね』という発言も、私のお示しの時の『収入がないと生活できない』という発言も、方向性が一致し、とても似ているため、どちらも神人さんの個人的な意見であるという可能性が考えられる
  13. 神人さんの回答は、私が現在、自分の収入は一切なくても生活ができているという点と矛盾している
  14. 大日月地神示の主張も、私の指導霊が私にとって望ましいと考えているのではないかと推論される奉仕の生き方も、ペンデュラムで得られた回答の『すべての行動を純粋な愛と奉仕の精神に基づいて行うことを勧める』ということも、3者は方向性がほとんど一致するが、神人さんの『収入がないと生活できない』という主張のみ方向性が異なる

これらのことを踏まえて、皆様はどのようにお考えになりますか。

神人さんは真に私の指導霊と交信をし、そのメッセージを私に伝えていたのでしょうか。

それとも、神人さんの個人的な意見を私に伝えていたのでしょうか。