大日月地神示の内容と神人の意見は必ずしも一致しているわけではない:2018年1月14日・神奈川県相模原市講演会より

2018年6月8日,16日一部修正

今回の記事の内容は、ブログタイトルの『違和感』という内容からは少し逸れるものですが、前もって認識していると講演会などで直接神人さんの意見を聞いたときに『あれ?おかしいな』と戸惑うことがないかもしれません。

私は、大日月地神示はチャネンリングメッセージであり、神人さんとは別の意識からのメッセージであると認識しています。

ですので、意見がそれぞれで異なるのは当然と言えば当然ではあるのだろうと思いますが、そのような違いが端的に表れていたのがこの日の質疑応答での場面でした。

お金は必要なくなる:大日月地神示より

質疑応答の場面でこのような趣旨の質問がありました。

『大日月地神示ではお金は今後必要なくなると書かれていますが本当ですか』

大日月地神示を振り返ってみますと『お金が無くなる』という事柄と関連する記述が以下のように何か所も見られます。

「世に出ておりますお偉いさん殿、いつまでも嘘は通らんぞ。一日も早う改心結構。金の世は済みておるのじゃぞ。金でこの世潰す計画立てておった神々様も改心いたしたぞ。ゆえにその仕組みいつまでも信じておる靈人殿、人民殿、早う目醒まして下されよ。みな大切なお役目にいたすゆえに、事分けて聞かすのじゃから、何事も心配するでないぞ。これが、神一厘の仕組みてあることの始まりじゃ。」p.29

金も要らぬ世創りて、皆でうれしうれしと分け合って、好きなことそれぞれいたして暮らせる世、皆で創りて、うれしうれしと祭りいたして下されよ。」p.86

「天地ひっくり返るとは、人間界もみな上下ひっくり返るのじゃぞ。うれしうれしと生きる人民みな光り輝くのじゃから、苦しむ人民みなはいずり廻らなならんから、学と金に囚われて下さるなよ。学と金の世は、もう済みておるのじゃから、皆のために生きよ。皆のために、己無くせよと申しておることお分かり下されよ。」p.89

「うれしたのしの世は、金の無いうれしたのしのお仕組み映した世じゃ。どんな世か、皆で話しおうて下されよ。自ずと分かるようになりておるぞ。あっぱれあっぱれうれしたのしの世映しが始まるぞ。うれしうれしじゃなあ」p.98

「そなたらを初めに、新たな時代を生み創らねばならんということぞ。皆々うれしうれしと暮らせる真の神世は、金も戦も苦もない世じゃ。皆それぞれの意味を知った者だけが生きるがゆえに、そのような世が成されて来るのじゃ。それ以外は、別の星へと移動じゃ。それだけのことであるぞ。その別の星とは、今までのように、戦、金に争う苦痛の学びとなるゆえ、それぞれ御魂のままにと申してあること分かるであろうに。それぞれの御魂に応じて住む世界が変わるとはこのことでもあるのじゃ。」p.102

金の世、これまで必要であったなれど、次の世、無償の世じゃから、もう金、金と申してお金信仰されて下さるなよ。金の神様ご苦労であったぞ。真、※人かみひと(※は”〇”に”ゝ”)とするために必要であったから、これまでは方便にいたしておりたなれど、もう金の世潰すから、みな無償の世に生きる身魂と早うなりて下されよ。」p.107

金はもう要らんのであるぞ。要る世はとうに過ぎておるのじゃから、いつまでも金にしがみついておっては、次の世では暮らせんぞ」p.109

「ひとつ、金は要らぬ世となるから、今までの教え皆すべて、掃除洗濯いたし下され。」p.112

「これからは、皆々うれしたのしの国造りじゃ。これまでのような国ではないのじゃぞ。金要らぬから、みな与えっぱなしじゃ。その雛型造って下さる者、これまで、あの手この手と導いて来ておるのじゃから、いよいよ人間界も大変わりじゃのう。」p.122

金も要らぬぞ。要るのは今暫くの狂言じゃ。捨ててみなされ。皆のために使いなされ。生きること感謝いたし、うれしうれしと仲良う皆と暮らされよ。金より大事なものあるのぞ。命失うても縋りついておるもの多いのう。己の未来が決まるのじゃから、金にしがみついて下さるなよ。金は要らぬ世となるのじゃから、自ずと悪となるぞ。」p.145

「古い教えはもう要らんぞ。金、捨てて下され。もう暫くの辛抱なれど、何十年もかからんぞ。」p.152

「これまでは映しのお役でありたが、これからは挟みのお役となりて、これ伝えよ。縁ある者に伝え下され。宗教でないぞ。教えぞ。金儲けならんぞ。要らん金生むなよ。要るだけ貰えばよい。要るだけあれば、後は要る所へと廻って行くぞ。真の金とは、要るだけあればそれでよいのじゃ。溜めるなよ。奪うなよ。世に廻せよ。世界中の民に廻せよ。溜める者いよいよ笑われますぞ。見て分かるとは、そのことぞ。次第に要らなくなるぞ。要るのは、もう暫くのことじゃ。金は、人民縛る道具でありたのぞ。便を装い生んだ縛りの仕組み。魔物の仕組みに、いつまでも縛られておるなよ。無き物いよいよ無くいたすぞ。要らん物いよいよ無くいたすぞ。」p.180

金要らぬようになるから、今のうちに畑買うて、皆で耕しなされ。いよいよ、国も国として手つけられなくなるから、 その時は、新しい世界くにみなで造る気持ちで、今のうちから準備なされ。金の要らぬ世の始まりじゃ。」p.186

金は要らんのであるぞ。魔物らこしらえた仕組みであるが、金の仕組みで皆をまとめようといたしたなれど、結局まとまらんから皆々苦しんでおるのぞ。ゆえに皆で知恵出して皆で生きられるよう、真の世の仕組み考えなされよ。要らんものは要らんゆえ、無くせば良いのであるぞ。みな苦しむもの要らんのであるぞ。手放せよ。手放すには勇気いるぞ。一人一人試されるぞ。御魂相応に顕れるぞ。皆で励まし声掛け合い仲良う進めよ。真の世造り、いたして参るぞ。国、無くして参るぞ。金、無くして参るぞ。靈、人の意識の中から無くして参るのぞ。物の世は人の意識の顕れであるから、人の意識変われば、世変わるのであるぞ。囚われるなよ。」p.225

「経済至上主義とは、我良し、金儲け、奪い合い、戦の元でありますぞ。悪魔のしもべとなる教えぞ。貨幣制度は悪魔に教わり造った、人民を金融奴隷にいたす仕組みじゃ。悪魔崇めて金集め人集め、悪魔の容れ物になっております者らの仕組みを、人民皆々手取りあって終わらせるのじゃぞ。終わるのじゃぞ。人民働かせ苦しめ続け、己らは遊んで暮らす世の仕組みは悪魔の仕組みじゃ。当たり前の世では無いのじゃぞ。人民望めば変えられるのであるぞ。多数決の世であるでないか。人の意識変われば変わるのぞ。数増えれば変わるのぞ。嘘の世は変えねばならんのでありますぞ。」p.252

「世の立て替え立て直しいたしたい心勇む人民、お陰取り得、皆々に手柄立てさすぞ。縁ある所から変えて参りなされ。仲良う仲間手組んで進めなされ。あっぱれお役目ぞ。金の世、我良しの世、終わらせるのじゃぞ。末代うれしたのし、皆々喜ぶ世の仕組み、創り替えるのじゃぞ。」p.280

「これまでの宗教も無くいたすぞ。争いの元じゃ。金も無くしてゆくのぞ。ただの紙切れ、金属ぞ。皆々世界中で分け合う仕組みいたすのじゃ。有る所は無い所へと分けるのじゃ。皆々食べられるように生きられるように、 何もかも分け合う仕組みいたすのじゃぞ。」p.284

「魔は人民同士争わせて人の歓喜の念奪い取り、悪魔出入りしやすい心の周波数に造り替えて、人民を好きなように思考操作いたし、世の乗っ取り企てて参ったのじゃ。人民、そろそろ目醒まして下されよ。人民目覚めねば、世の立て替え立て直しは進まぬのじゃぞ。金の世は幻ぞ。悪魔の仕組みであるのぞ。人民ワヤに掛け、しもべにいたし続ける、ずる賢いお仕組みでありますのぞ。世はいずれ、金無くして参りますのじゃ。金無くとも皆で分け合う仕組み作れば、皆々生きて行けますのじゃぞ。
変えられぬと思うでないぞ。変えられるのであるのぞ。すべては思考が元として作られている世ぞ。人民目醒まして、手繋ぎて笑って生きられる世に立て替え立て直しいたすと決めれば、数年で顕れて参りますのじゃ。」p.316

以上が大日月地神示からの引用部分です。

このように、お金の世は『我良し』、『悪魔の仕組み』であり、これからは『無くしていく』、それも『何十年もかからんぞ』とあり、『数年で顕れて参りますのじゃ』と書かれています(『数年で顕れて参りますのじゃ』というp.316のメッセージは2016年2月25日のものとある)。

お金を無くすのは今生では無理:神人より

しかし、神人さんは質疑応答でお金が要らない世の中になると大日月地神示に書いてあることについて

『今生では無理でしょうね』

と言っていました。

また更に、神人さんが知っている事例として紹介していた話では、これからの世の中はお金が必要なくなると信じたある人が、そのように周囲の人にも伝え、自分で実際にお金を処分してしまったということがあったそうです。そして、処分してお金が無くなったために困ったことになっても、周りの人は誰も助けてくれなかったということでした。

神人さんの『今生では無理でしょうね』という発言や、この事例の紹介は、明らかに大日月地神示の主張の信憑性を削ぐものであると考えられます。

『今生では無理でしょうね』という発言の『今生』が誰の年齢を基準にして言っているのか不明ですが、仮に神人さん自身を基準にしていたとすると、この講演会とは別の2018年3月17日の講演会で49歳と言っていたので、80歳~100歳まで生きたとすると、おおよそ30年~50年はお金の要らない世の中の実現は無理と言っていると解釈しても差し支えないと思われます。

大日月地神示では『何十年もかからんぞ』p.152、『数年で顕れて参りますのじゃ』p.316、と主張されているので、神人さんの意見は大日月地神示の主張とは一致していないと言えます。

ですので、大日月地神示を読んだことで『お金のない世の中がもうすぐ実現するかもしれない』という期待を抱いた状態で神人さんに意見を求めると、失望を感じてしまうかもしれません。

また、大日月地神示の表現を真に受けてお金を処分してしまった人の例を挙げて『誰も助けてくれなかった』と言っていましたが、そのようなことを聞けば、お金を手放していくことに対して不安を感じざるを得ないでしょう。

そのような不安を感じさせるような神人さんの発言は、大日月地神示の意識が進めていきたいと考えているこれからの世の中の方向性と相反するものであり、大日月地神示の意識が進めていきたい変革を遅らせることになる恐れがあると言えるかもしれません。

若いころは『金の亡者』になろうと本気で思っていた神人

まだ霊的目覚めを経験する前の、六本木でボーイとして働いていたころの神人さんは、本気で『金の亡者』になろうとしていたとこの日の講演会で言っていました。

なかなか、霊的な目覚めを経験していない一般の人でも『金の亡者』になろうという人は少ないと思われます。

それだけお金に対する欲望が強いという自覚があったのでしょう。

ところで、神人さんの発言にあった『今生では無理でしょうね』というのは、何故『今生』という表現をする必要があったのでしょうか。

『30年や50年は無理でしょうね』という表現ではいけなかったのでしょうか。

なぜ敢えて『今生では無理』という表現だったのでしょうか。

穿ちすぎた見方かもしれませんが、『金の亡者』に本気でなろうとしていたという神人さんのかつての強い金銭欲と『今生では無理』という発言を考え合わせると、30年や50年ではなく敢えて『今生』としたところに、神人さんのある願望が垣間見えるような気がします。

つまり『神人さん自身が生きている間は、お金が必要な世の中であってほしい』という願望です。

このような願望があると仮定すると『今生では無理』という表現になったのも頷けるように思われます。

この推論が本当ならば、大日月地神示の意識が主張するような『お金のない世の中を創っていこう』という意志は、神人さんにはないのではないかと感じざるを得ません。

しかし、単に30年から50年を今生と言い替えただけかもしれない、という可能性も否定はできません。

数字を出すのは具体的すぎるために、今生というあいまいな表現で明言を避けた、という見方もできるでしょう。

いずれにしても、大日月地神示の意識が主張するような『お金の無い世の中』になることを望んでいる方たちにとって、神人さん個人の意見には失望を感じざるを得ないことと思います。

お金の無い世の中をどのように創っていくか、みんなで話し合い、協力して実現していこうというような意志は神人さんからは感じられませんでした。

そして、いずれ記事にしますが、私がお示しを受けた時にも『収入がないと生活できませんからね』と大日月地神示の主張を否定するような発言もしていました。

このようなことから、お金に関する大日月地神示の主張に対して神人さん自身は否定的な見方をしていると言えるでしょう。

また、大日月地神示の著者であるからといって、神人さんが神示と同じ意見を持っていると考えることはできないということが分かると思います。

大日月地神示の意識からしたら、残念なことだろうと思われます。

メッセージを仲介させた相手が講演会という公の場でそのメッセージを否定するような主張をするのですから。